2006年 05月 01日
躾と訓練 犬の本質 1 <躾と訓練の違い>
ここ数日のブログで、みなさんに真面目にコメントいただいてます。恐縮ですっ。(梨元さん口調でお願いします)
最初に超超チョー個人的意見だと断っておいた上で、一説ぶっちゃいますが。
私は「その犬の本質は、躾や訓練では変わらない。死ぬまで変わらない」と思ってます。
「じゃ、意味ないじゃーーん」とすぐ思われちゃうのですが。
私は「躾」と「訓練」が別物であるのと同じで、「服従」と「犬の本質」は別物だと考えてます。
私が今お世話になってる、姫路の仙人こと、堀訓練士は、犬の心理に基づいた躾をしておられます。もともとは警察犬の訓練士さんでした。今でも高等訓練も数は少ないですがされてます。
今は身体も悪くして、ヨレヨレの時々エロい事を言って喜ぶ、半分ボケちゃったか?と言うときもあるようなジーさんですが(ひどい)、かつては伝説となって剥製にまでなった警察犬を仕上げたバリバリの訓練士でした。そんな彼が長年学んだ、軍用犬の訓練から警察犬、他の使役犬、問題犬、家庭犬、星の数ほどの犬達を、自身が様々な訓練を通して(もちろん、荒々しい訓練もやった上で)、現在の方法を独自に編み出したそうです。とは言っても、生物的根拠がきちんとある、まあ、今流行りの「犬の心理学」を使った方法です。彼は30年前からその理論を実践していました。
誤解されるので、詳しいノウハウは書きませんが、「お母さん犬の躾」です。
お母さん犬は、どんな犬種も共通の仔犬の躾方をするからです。
本来は、仔犬が手元に来てから、すぐにこの方法を使って躾けていくと、世間で言われる犬の問題行動は一つも起こさず済むという、まこと楽チンな方法です。
一つ一つの物事に対処していく(お座りを「教える」とか、吠えないことを「教える」とか)ではなく、一つの方法を淡々と行っていくことで、問題行動=リーダー行動を全て部下=服従に変えて行くという、聞くだけでは「うそ~ん」と思われるような方法です。でもほんと。
**
私は、初めてたもんを連れて行ったとき、言われました。
「これから私がいいと言うまで、たもんに声をかけてはいけない。たもんと名前を呼ぶこともしなくていい。たもんを見なくていい。どうしてアイコンタクトしないといけないんですか?アイコンタクトは部下がリーダーを見ること。アナタがたもんを見てどうするんですか。オヤツもおもちゃも一切あげてはいけない。私が教えてあげる行動だけを淡々とこなしなさい。必ず変わるから。」と。
実際、そこから私は長い間、たもんをまともに見ることもせず、声もかけず、教えられた躾だけをひたすら実践していきました。
すると私のような素人がする、多少なりとも間違っていたり、ヌケていたりするようなやり方でも、時間はかかれど、だんだんとたもんは変わってくるのです。まるで予言されたように。
**
この躾を行いながら、「コマンド」と言われる「声」を使った「訓練」をしていくことで、さらに順調に訓練も進むという、一石二鳥の方法です。
が、世の中、いろんな情報が氾濫している中で、惑わされたり、間違ったりして、結局犬が問題行動を起こすようになってしまってから、ここにたどり着く人が大半なのです。
かくいう家も御多分に洩れず、その例です。
私は家の中では一度もコマンドを無視したことがない、見た目言うことをきいているように見えるたもんが、外ではガウガウ、家でも気に入らないとガブ!となったのが理解できませんでした。
彼は、立派にリーダー犬になっていたのです。人の言う事を聞いて座ったりケージに入ったりするのは、彼にとっては服従でもなんでもない事だったのです。ただ単に彼の利益のために動いていただけ。不利益になることは、抵抗していました。
食事やボール遊び、トトと遊ぶことで、彼は一度も問題を起こしたことはありません。それとこれは別問題だったのです。
「噛む犬を直してあげないで、どうするんですか。それが訓練士です。」
と言う堀さんの言葉の通り、明らかに本気で攻撃する犬は、現在では警察犬の訓練所でも積極的には扱ってくれません。断られる人が多いと思います。
堀さんの所には、以前も紹介した家族めった噛みの6歳の柴犬など、とにかく噛む犬が多く来ます。「6歳」「柴犬(日本犬)」「本気で攻撃する」と言うだけで「殺しなさい」「直らない」とその家族も関西中の訓練所から断られました。正直、殺してしまった方が早いでしょうし、楽でしょう。訓練所も同じお金をもらって、ハイリスクの犬を受けたくはないのです。
そういう待ったなしの犬がたくさんやってきます。
当然、最初は堀さんも攻撃対象になります。傍に行くだけで吠え、飛び掛って噛み付く。
そんな犬も、単にウハウハの犬も、同じ方法で躾けていきます。
当然、個体差は出ます。そこが「気質」の違いです。
気質が強い=リーダーの犬は、すぐには変わりません。リーダーを張るような犬は根性もあるし、何より簡単に人間の言う事なんてきくようじゃ、リーダーしようなんて思わないでしょう。
リーダー犬は、短命だと、いつも堀さんは言います。
なぜか。
群れを守るために、常に警戒し、敵には率先して立ち向かっていく。部下からもリーダーの座を奪われないためにも、常に強くないといけない。
弱った時、それは自分がリーダーから引きずり降ろされる時です。
絶対的な縦社会で生きる動物である犬には、自分と同じポジションというものはありません。
リーダー以外は繁殖すら出来ないという、厳然たる秩序の中で生きているのです。
太古の時代から、現在まで、いかに人によって姿を変えられようと、特異性を持たされようとも、彼ら犬には太古の遺伝子が脈々と息づいています。
堀さんが「犬は最高のパートナーにも猛獣にもなる」と言うのがそういうことです。チワワだろうが、シェパードだろうが、みんなその遺伝子の秩序の中で生きているのです。
例え人と暮らしていても、リーダーだと自覚した犬は常にピリピリとし、部下である人間が気にくわないことをすると、容赦なく「制裁」します。それが噛み付くという行動です。
犬は、単に部下をたしなめる行為をしただけなのですが、犬より弱い人の皮膚は傷つきます。きつく感じるでしょうが、犬にとってはおそらく普通の行為なのだと思います。
リーダーだと自覚している犬も、この躾を通して自らリーダーを降りるようにしていきます。
「リーダー行動を犬が我慢する=部下としての行動(服従)」です。
最初は様々な方法で、不服を表現します。アクビ、舌なめずり、ヒザを崩して座る。それらは全て人でいうチッ!という「舌打ち」と同じです。
しかし、それらの行為を出しつつ、犬は納得し、自分で不満を消化していきます。
躾が進んでいくと、これらの「遺憾の意」を表現する行動は減っていきます。
たもんが常々掘さんに「強い」と言われるのは、去勢していても、いまだにちんちんを出すことです。あれは「まだ服従してない。したくない。」という気持ちの表れ。
去勢された犬で、たもんほど、立派に(涙!)出すのはそうはいない、といつも真顔で関心されるのはかなり情けないですが、彼にとっては必死なのです。身体ではちゃんと行動していても、まだとことん服従はしてないのです。
私がいつも「ちんちんにオトコのプライドが入ってる」と思うのは、そういうところです。
たもんは時間がかかる犬だと感じるのも、そういうところです。
リーダーを降りると犬は太ってきます。それだけ精神状態が開放されるからです。
オヤツを使うと、時間がかかるのは、その犬が本当に部下として行動しているのではなく、単にオヤツと引き換えに動いているだけだからです。
暴力も同じ。圧倒的な力(道具を使うなど)で仕方なく屈服させられた犬も、心から服従しているのではありません。ですので、たもんを例えると「次は必ず本気で攻撃します」なのです。
しない犬も多いでしょうが、する犬は次は容赦ないのです。
リベンジを狙う時、それは犬も死ぬ気で向かって来るということなのです。
人も暴力に心から屈しないのと同じで、犬も心から服従しているのではありません。
そういったプレッシャーをかけられた犬は、プレッシャーの対象者がいなくなると途端に言うことをきかなくなるなどの行為を見せます。オヤツがなくなると縁の切れ目だと言わんばかりに勝手に振舞うのも同じです。
堀さんの実践する「躾」とは、犬の生得的行動(もって生まれた行動、遺伝子に入っている全ての犬種に共通する行動)、代表的なのは「パブロフの犬の無条件反応」と、「スキナーのオペランド条件づけ」と言われる、ある一定の行動(「相互理解」)を使った方法を必ずセットとして行います。
「無条件反応と条件反応」はなからず一対であるべきなのです。どちらが欠けても犬はある程度は従いますが、途中から進まなくなります。
それを彼は警察犬の訓練士をやめた30年前から一人で実験しました。
シェパードや様々な犬種のメスを飼い、仔犬を生ませました。野犬のメス犬も拾ってきて、敷地に住まわせたそうです。
すると、全ての犬種、野犬も含めて母犬は同じ躾方を仔犬に行うことがわかりました。
それから、数十匹の犬を使って、堀さんがその理論を元に様々な気質の犬を躾けていきました。するとやはり、どの犬も時間の差はあれど、同じように変わっていくのを見て、この方法だと確信を持ったそうです。
単なる勘に基づくものではなく、犬の心理学を徹底的に勉強し、実践して編み出した方法なのです。
なので、私達生徒にも、その理論を説かれます。私も、最初は心理学用語がドンドン出てくるので、意味が分らなかったりしましたが、ある程度勉強するとこちらもだんだん分ってきます。
犬が変化していくのも、必ず一定の過程を経なくてはいけない。良いとこ取りをしたり、途中をはしょっても、絶対うまくいきません。
理論は段階を踏んで実践されてこそ、実際の犬の動きがそれにリンクしてくるのが分ります。
先に「理論」を学び、その後、その理論にそって実践した犬が変わってくる「実際」を見て、初めて納得できることです。
全ては綾織(あやおり)のように繋がり、進んで行くのです。途中を抜かすと意味がないのは当然です。見よう見真似で堀さんの方法を適当に実行すると、それは堀さんが唱える「究極の陽性強化」とは全く逆の「陰性強化」になります。
誰にでも出来る最もシンプルな方法、しかし少しの違いで、逆に作用してしまう。
刃物のエッジのような、1本の線の上を歩いて行かないと絶対に失敗すると言われる方法です。犬も変化を求められますが、飼い主にも最もシビアで人の真髄を求められる方法ではないかと、自分の不甲斐なさを痛感しながら感じるのです。
コマンドを使った「訓練」とは全く別物であることが、お分かりいただけると思います。
しかし、土台にこの「躾」が入っているのと、いないのとは、訓練と言われるものの進み具合にも格段の差が出てくるのです。
最初に超超チョー個人的意見だと断っておいた上で、一説ぶっちゃいますが。
私は「その犬の本質は、躾や訓練では変わらない。死ぬまで変わらない」と思ってます。
「じゃ、意味ないじゃーーん」とすぐ思われちゃうのですが。
私は「躾」と「訓練」が別物であるのと同じで、「服従」と「犬の本質」は別物だと考えてます。
私が今お世話になってる、姫路の仙人こと、堀訓練士は、犬の心理に基づいた躾をしておられます。もともとは警察犬の訓練士さんでした。今でも高等訓練も数は少ないですがされてます。
今は身体も悪くして、ヨレヨレの時々エロい事を言って喜ぶ、半分ボケちゃったか?と言うときもあるようなジーさんですが(ひどい)、かつては伝説となって剥製にまでなった警察犬を仕上げたバリバリの訓練士でした。そんな彼が長年学んだ、軍用犬の訓練から警察犬、他の使役犬、問題犬、家庭犬、星の数ほどの犬達を、自身が様々な訓練を通して(もちろん、荒々しい訓練もやった上で)、現在の方法を独自に編み出したそうです。とは言っても、生物的根拠がきちんとある、まあ、今流行りの「犬の心理学」を使った方法です。彼は30年前からその理論を実践していました。
誤解されるので、詳しいノウハウは書きませんが、「お母さん犬の躾」です。
お母さん犬は、どんな犬種も共通の仔犬の躾方をするからです。
本来は、仔犬が手元に来てから、すぐにこの方法を使って躾けていくと、世間で言われる犬の問題行動は一つも起こさず済むという、まこと楽チンな方法です。
一つ一つの物事に対処していく(お座りを「教える」とか、吠えないことを「教える」とか)ではなく、一つの方法を淡々と行っていくことで、問題行動=リーダー行動を全て部下=服従に変えて行くという、聞くだけでは「うそ~ん」と思われるような方法です。でもほんと。
**
私は、初めてたもんを連れて行ったとき、言われました。
「これから私がいいと言うまで、たもんに声をかけてはいけない。たもんと名前を呼ぶこともしなくていい。たもんを見なくていい。どうしてアイコンタクトしないといけないんですか?アイコンタクトは部下がリーダーを見ること。アナタがたもんを見てどうするんですか。オヤツもおもちゃも一切あげてはいけない。私が教えてあげる行動だけを淡々とこなしなさい。必ず変わるから。」と。
実際、そこから私は長い間、たもんをまともに見ることもせず、声もかけず、教えられた躾だけをひたすら実践していきました。
すると私のような素人がする、多少なりとも間違っていたり、ヌケていたりするようなやり方でも、時間はかかれど、だんだんとたもんは変わってくるのです。まるで予言されたように。
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この躾を行いながら、「コマンド」と言われる「声」を使った「訓練」をしていくことで、さらに順調に訓練も進むという、一石二鳥の方法です。
が、世の中、いろんな情報が氾濫している中で、惑わされたり、間違ったりして、結局犬が問題行動を起こすようになってしまってから、ここにたどり着く人が大半なのです。
かくいう家も御多分に洩れず、その例です。
私は家の中では一度もコマンドを無視したことがない、見た目言うことをきいているように見えるたもんが、外ではガウガウ、家でも気に入らないとガブ!となったのが理解できませんでした。
彼は、立派にリーダー犬になっていたのです。人の言う事を聞いて座ったりケージに入ったりするのは、彼にとっては服従でもなんでもない事だったのです。ただ単に彼の利益のために動いていただけ。不利益になることは、抵抗していました。
食事やボール遊び、トトと遊ぶことで、彼は一度も問題を起こしたことはありません。それとこれは別問題だったのです。
「噛む犬を直してあげないで、どうするんですか。それが訓練士です。」
と言う堀さんの言葉の通り、明らかに本気で攻撃する犬は、現在では警察犬の訓練所でも積極的には扱ってくれません。断られる人が多いと思います。
堀さんの所には、以前も紹介した家族めった噛みの6歳の柴犬など、とにかく噛む犬が多く来ます。「6歳」「柴犬(日本犬)」「本気で攻撃する」と言うだけで「殺しなさい」「直らない」とその家族も関西中の訓練所から断られました。正直、殺してしまった方が早いでしょうし、楽でしょう。訓練所も同じお金をもらって、ハイリスクの犬を受けたくはないのです。
そういう待ったなしの犬がたくさんやってきます。
当然、最初は堀さんも攻撃対象になります。傍に行くだけで吠え、飛び掛って噛み付く。
そんな犬も、単にウハウハの犬も、同じ方法で躾けていきます。
当然、個体差は出ます。そこが「気質」の違いです。
気質が強い=リーダーの犬は、すぐには変わりません。リーダーを張るような犬は根性もあるし、何より簡単に人間の言う事なんてきくようじゃ、リーダーしようなんて思わないでしょう。
リーダー犬は、短命だと、いつも堀さんは言います。
なぜか。
群れを守るために、常に警戒し、敵には率先して立ち向かっていく。部下からもリーダーの座を奪われないためにも、常に強くないといけない。
弱った時、それは自分がリーダーから引きずり降ろされる時です。
絶対的な縦社会で生きる動物である犬には、自分と同じポジションというものはありません。
リーダー以外は繁殖すら出来ないという、厳然たる秩序の中で生きているのです。
太古の時代から、現在まで、いかに人によって姿を変えられようと、特異性を持たされようとも、彼ら犬には太古の遺伝子が脈々と息づいています。
堀さんが「犬は最高のパートナーにも猛獣にもなる」と言うのがそういうことです。チワワだろうが、シェパードだろうが、みんなその遺伝子の秩序の中で生きているのです。
例え人と暮らしていても、リーダーだと自覚した犬は常にピリピリとし、部下である人間が気にくわないことをすると、容赦なく「制裁」します。それが噛み付くという行動です。
犬は、単に部下をたしなめる行為をしただけなのですが、犬より弱い人の皮膚は傷つきます。きつく感じるでしょうが、犬にとってはおそらく普通の行為なのだと思います。
リーダーだと自覚している犬も、この躾を通して自らリーダーを降りるようにしていきます。
「リーダー行動を犬が我慢する=部下としての行動(服従)」です。
最初は様々な方法で、不服を表現します。アクビ、舌なめずり、ヒザを崩して座る。それらは全て人でいうチッ!という「舌打ち」と同じです。
しかし、それらの行為を出しつつ、犬は納得し、自分で不満を消化していきます。
躾が進んでいくと、これらの「遺憾の意」を表現する行動は減っていきます。
たもんが常々掘さんに「強い」と言われるのは、去勢していても、いまだにちんちんを出すことです。あれは「まだ服従してない。したくない。」という気持ちの表れ。
去勢された犬で、たもんほど、立派に(涙!)出すのはそうはいない、といつも真顔で関心されるのはかなり情けないですが、彼にとっては必死なのです。身体ではちゃんと行動していても、まだとことん服従はしてないのです。
私がいつも「ちんちんにオトコのプライドが入ってる」と思うのは、そういうところです。
たもんは時間がかかる犬だと感じるのも、そういうところです。
リーダーを降りると犬は太ってきます。それだけ精神状態が開放されるからです。
オヤツを使うと、時間がかかるのは、その犬が本当に部下として行動しているのではなく、単にオヤツと引き換えに動いているだけだからです。
暴力も同じ。圧倒的な力(道具を使うなど)で仕方なく屈服させられた犬も、心から服従しているのではありません。ですので、たもんを例えると「次は必ず本気で攻撃します」なのです。
しない犬も多いでしょうが、する犬は次は容赦ないのです。
リベンジを狙う時、それは犬も死ぬ気で向かって来るということなのです。
人も暴力に心から屈しないのと同じで、犬も心から服従しているのではありません。
そういったプレッシャーをかけられた犬は、プレッシャーの対象者がいなくなると途端に言うことをきかなくなるなどの行為を見せます。オヤツがなくなると縁の切れ目だと言わんばかりに勝手に振舞うのも同じです。
堀さんの実践する「躾」とは、犬の生得的行動(もって生まれた行動、遺伝子に入っている全ての犬種に共通する行動)、代表的なのは「パブロフの犬の無条件反応」と、「スキナーのオペランド条件づけ」と言われる、ある一定の行動(「相互理解」)を使った方法を必ずセットとして行います。
「無条件反応と条件反応」はなからず一対であるべきなのです。どちらが欠けても犬はある程度は従いますが、途中から進まなくなります。
それを彼は警察犬の訓練士をやめた30年前から一人で実験しました。
シェパードや様々な犬種のメスを飼い、仔犬を生ませました。野犬のメス犬も拾ってきて、敷地に住まわせたそうです。
すると、全ての犬種、野犬も含めて母犬は同じ躾方を仔犬に行うことがわかりました。
それから、数十匹の犬を使って、堀さんがその理論を元に様々な気質の犬を躾けていきました。するとやはり、どの犬も時間の差はあれど、同じように変わっていくのを見て、この方法だと確信を持ったそうです。
単なる勘に基づくものではなく、犬の心理学を徹底的に勉強し、実践して編み出した方法なのです。
なので、私達生徒にも、その理論を説かれます。私も、最初は心理学用語がドンドン出てくるので、意味が分らなかったりしましたが、ある程度勉強するとこちらもだんだん分ってきます。
犬が変化していくのも、必ず一定の過程を経なくてはいけない。良いとこ取りをしたり、途中をはしょっても、絶対うまくいきません。
理論は段階を踏んで実践されてこそ、実際の犬の動きがそれにリンクしてくるのが分ります。
先に「理論」を学び、その後、その理論にそって実践した犬が変わってくる「実際」を見て、初めて納得できることです。
全ては綾織(あやおり)のように繋がり、進んで行くのです。途中を抜かすと意味がないのは当然です。見よう見真似で堀さんの方法を適当に実行すると、それは堀さんが唱える「究極の陽性強化」とは全く逆の「陰性強化」になります。
誰にでも出来る最もシンプルな方法、しかし少しの違いで、逆に作用してしまう。
刃物のエッジのような、1本の線の上を歩いて行かないと絶対に失敗すると言われる方法です。犬も変化を求められますが、飼い主にも最もシビアで人の真髄を求められる方法ではないかと、自分の不甲斐なさを痛感しながら感じるのです。
コマンドを使った「訓練」とは全く別物であることが、お分かりいただけると思います。
しかし、土台にこの「躾」が入っているのと、いないのとは、訓練と言われるものの進み具合にも格段の差が出てくるのです。
by totozfactory
| 2006-05-01 02:36
| 犬のしつけ・訓練

